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学校生活 2026.04.04
2026年度入学式・学校長式辞

入学式

4月4日(土)、2026年度入学式が行われました。今年度は695名の新入生を迎えました。
式では伊藤公平塾長、山内慶太常任理事を迎えました。阿久澤武史校長の式辞に続いて塾長の祝辞があり、新入生代表が元気に宣誓を述べました。
学校長式辞は下記に掲載します。

学校長式辞

新入生の皆さん、ご入学、おめでとうございます。ご家族をはじめ、ご関係の皆様にも、心よりお慶びを申し上げます。ここには、入学試験を受けた諸君と、普通部・中等部から推薦された諸君が集まっています。今日から全員が慶應義塾高等学校(塾高)の生徒です。スタートラインは同じです。

塾高はいま、「日吉協育モデル/正統と異端の協育」と名付けた独自の教育を展開しています。「正統」は、高校生として塾生として、当然に身につけるべきバランスのとれた「知・徳・体」を意味します。「異端」は、「正統」を踏まえて磨き高められる傑出した個性や能力です。一本の木をイメージしてください。「正統」はその幹や根であり、「異端」は花や果実です。しっかりした幹や根があってはじめて、美しい花が咲き、豊かな果実が実ります。「協育」の「協」は「協力」の「協」、この学校に関係するたくさんの人たちと協力しながら、君たちを「大きな木」に育てたい。そのための水や養分になるのが、授業であり、課外活動であり、「協育プログラム」と名付けた多種多様な教育活動です。講演会や講座、インターンシップ、国際交流など、たくさんのプログラムを用意していますので、楽しみにしてください。

さて、一般・帰国生入試を受けた諸君に聞きます。英語の問題を覚えているでしょうか? 「一枚の絵」がありましたよね。時は幕末、戊辰戦争のさなか、上野の山に立てこもる幕府側の彰義隊を、新政府軍が激しく攻めました。江戸の町に大砲の音が轟き、家並みの向こうに黒い煙が立ち上がる中で、慌てる様子を少しも見せず、端然と座して、いつも通りに授業する福澤諭吉の姿が描かれていました。普通部・中等部で学んだ諸君は、知っていますよね。慶應4年(1868年)5月15日の出来事です。
あの絵の中で、福澤諭吉が教科書にしていたのは、ウェーランドというアメリカの学者が書いた経済学の本です。もちろん英語です。福澤は晩年に『福翁自伝』で次のように語っています。

「慶應義塾は、世の中にいかなる騒動があっても、洋学の命脈を絶やしたことはない。慶應義塾は一日も休んだことはない。この塾がある限り、日本は世界の文明国だ。世間に頓着するな、と大勢の少年を励ました。」

この日の出来事と福澤が遺した言葉は、158年が経った現在に至るまで、慶應義塾の中で何度も思い出されてきました。私の経験で言えば、2011年の東日本大震災のとき、そして2020年、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るったときです。どんな困難に直面しても、教育を続けなければ、という強い意志が、私たちの中にはありました。

新入生の諸君、君たちが取り組むべき最も大切なことは、勉強することです。この至極当たり前のことを、入学の日に、私はあえて君たちに伝えます。慶應義塾の塾生は、一生懸命に勉強しなければならない。そのために、まずは授業を大切にしてください。そして、授業で出される一つ一つの課題、実験や実習、プレゼンテーションはもちろんのこと、何よりも定期試験にしっかりと向き合ってください。

塾高に入ったら、大学受験をせずに慶應義塾大学に進学できるから楽だ。――、これは大きな誤解です。慶應義塾大学への推薦は、大学受験における「推薦入試」と同じだと思います。年4回、3年間で計12回の定期試験がすなわち慶應義塾大学への入学試験です。課外活動を含め、日常のすべての取り組みが評価されるという点から見れば、いわゆる受験校に入って、一発勝負のペーパーテストで大学入試に挑戦する道を選んだ方が、実は楽だったかもしれません。

塾高は自由な学校だから、何をしても許される。――、これも大きな間違いです。
「自由」という言葉の意味をはき違えています。話を再び、慶應4年5月15日の「あの日」に戻します。日本中が旧幕府側と新政府側に分かれ、人心が騒乱し、すぐ近くの上野の山で戦争が行なわれている中で、福澤諭吉だけはいつも通りに授業をしました。二つの巨大な勢力が対立し、政治的・軍事的な争いをしているときに、そのどちらにもつかずに学問を続けました。世の中の混乱に惑わされず、政治的な権力におもねらず、自分が信じる道を選びました。私たちが大切にしている「独立」、そして「自由」という言葉の意味が、ここからはっきりと浮かび上がってくると思います。

諸君、存分に勉強してください。この学校にあるすべての施設、図書、教職員、先輩、卒業生、「塾高のすべて」を使い尽くしてください。塾高というこの大きな学校には、教育の資源が無尽蔵にあります。どんなに使っても決して枯渇しません。君たちが「大きな木」に成長する、そのためのサポートを私たちは惜しみません。

いま、君たちの手元には、「慶應義塾塾歌」の歌詞があります。「見よ、風に鳴るわが旗を」で始まります。かつて、ナポレオンがヨーロッパを席巻した時代、オランダはフランスに支配されました。その時、世界で、遠く離れた東洋の、日本の長崎の出島にだけは、オランダ国旗が翻っていたといいます。「嵐の中にはためきて 文化の護り高らかに 貫き樹てし誇りあり」、ここには、そのことと、慶應4年5月15日の「あの日」の出来事が重ねられています。3番の歌詞を読みます。

「起て 日はめぐる丘の上 春秋ふかめ揺ぎなき、学びの城を承け嗣ぎて 執る筆かざすわが額の 徽章の誉世にしかん 生きんかな この丘に 高く新たに生きんかな」

「ペンは剣よりも強し」――。私たちは常に「剣」ではなく「ペン」の側に立って物事を考え、世界のあらゆる事象に立ち向かいます。日吉のこの丘の上で、学生服に輝く金のボタンに刻まれた「ペン」の意味を誇りにして、堂々と胸を張って、高く新たに歩んでください。あらためて、ご入学おめでとうございます。

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