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卒業式
3月25日(水)、日吉会堂において第77回卒業式が行われました。
保護者の皆様や同窓会の皆様に参列していただき、無事式を終えることができました。
学業や課外活動、行事などで活躍した卒業生諸君の今後の活躍を期待しております。
なお、今年度卒業生の慶應義塾大学各学部への推薦人数は、以下のリンク先でご覧いただけます。
慶應義塾大学への推薦
学校長式辞
卒業生の諸君、ご卒業、おめでとうございます。ご家族の皆様、ご関係の皆様にも、心よりお慶びを申し上げます。
3年前の入学式の日、私が君たちに話したことを覚えているでしょうか。トム・ハンクス主演の映画『フォレストガンプ』から、「人生はチョコレートの箱のようなもの。食べてみないとわからない。」――。
チョコレートの箱を開けると、いろいろな種類のチョコが並んでいます。甘いものもあれば苦いものもある。見た目が地味なものもあれば、派手なものもある。そのどれを選ぶのか。実際に手に取って、食べてみないと、味はわかりません。選ばなければ何も始まりません。――そんな話をしました。
君たちは3年前に、「塾高」という箱を開けました。クラブ活動、選択旅行、選択科目、「協育プログラム」――、塾高は、自分で選ばなければならないことが多い学校です。これから君たちは、大学で、社会で、もっと大きな箱を開けることになります。
今年度私は、3年生の選択科目「文学国語」の授業で、村上春樹の「壁と卵」という文章を読みました。村上春樹は2009年にイスラエルで文学賞を受賞しました。その時のスピーチです。当時、パレスチナ自治区のガザでは、イスラエルとハマスとの間で激しい衝突がありました。ガザでは民間人を含め千人を超える人たちが命を落としました。その多くはお年寄りや子供でした。2023年の10月、再びイスラエル軍によるガザへの大規模な攻撃が始まりました。焼け野原となったガザの街と、犠牲になったたくさんの市民の姿を、私たちはニュースで繰り返し目にしました。君たちの高校生活は、世界の大きな戦争と重なりました。ロシアによるウクライナ侵攻、パレスチナ・イスラエル戦争、そして、中東地域での紛争――。世界のいたるところで対立と分断が起き、不安を強めています。そうした中で私たちは、「リーダー」というもののあり方について否応なく考えさせられます。
村上春樹は、世界中で読まれている作家です。2009年当時、イスラエルで文学賞を受けるということは、戦争を容認する作家と見做され、国内外からの激しい批判を伴うものでもありました。そうした逆風と孤独の中で授賞式に臨み、作家の仕事とは何か、文学とは何かについて語りました。それが「壁と卵」と題されたスピーチです。
彼は次のように言います。――小説家は、本当のように見える虚構を創り出すことによって、「真実」を別の場所に引っ張り出し、そこに別の光を当てる。「真実」とは、「個人の魂の尊厳」であり、小説家の仕事とは、「個人の魂のかけがえのなさ」を明らかにしようとすることだ。
「もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。」
これは作家としての信念の表明と言っていいでしょう。彼によれば、私たち人間はそれぞれが「ひとつの卵」、かけがえのない魂とそれをくるむ脆い殻を持った「卵」です。一方で「壁」とは、私たちの前に大きく冷たく立ちはだかるもの、それを「システム」と言い換えています。戦争を例にとれば、「壁」はミサイルやロケット弾や戦車や機関銃、その背後にある国家権力であり、「卵」はそれによって焼かれる街や建物であり、犠牲になる市民です。彼は言います。
「どれほど壁が正しく、卵が間違っていたとしても、それでもなお私は卵の側に立ちます。正しい正しくないは、ほかの誰かが決定することです。あるいは時間や歴史が決定することです。もし小説家がいかなる理由があれ、壁の側に立って作品を書いたとしたら、いったいその作家にどれだけの値打ちがあるでしょう?」
さて諸君、私たちは誰しも「かけがえのない魂」を持っています。私たち人間は、脆い殻に包まれた「卵」のような、か弱い存在です。一方で、私たちの前には「システム」という巨大な「壁」が立ちはだかっています。それは、私たちが属する「組織」なのか、「社会」なのか、「国家」なのか、「国際社会」なのか、「経済」なのか、生成AIに象徴される高度な「科学文明」なのか、人それぞれによって、その立場によって「壁」の意味は異なるでしょう。
福澤諭吉は、「慶應義塾の目的」の中で、「全社会の先導者たらんことを欲するものなり」と言っています。慶應義塾で学ぶ、あるいは学んだ君たちは、「気品の泉源」「智徳の模範」、「全社会の先導者」になることが期待されています。言うまでもなく福澤は、前近代的な封建主義や儒教道徳といった巨大な「壁」に、生涯かけて立ち向かった人でした。これから社会の中で、それぞれが生きる場所で、「リーダー」となる君たちは、どのような立ち位置で、何にまなざしを向けて、どのように考え、どのように生きて行くのでしょうか。「卵」の側に立ってものを考えるのか、それとも強大な権力を手にして、「壁」(システム)の側に立つのか。これからの長い人生の中で、開けることになるチョコレートの箱は、そうした選択を迫るものになるでしょう。
大事なことは、どんな時でも冷静に、自分の頭で考え、責任をもって自分の進む道を選ぶということだと思います。その時に、人間が誰しも「かけがえのない魂」を持っているということ、すなわち「人間の尊厳」というものを常に大切に考えてください。
君たちの人生が、温かく優しい光に満ちたものであることを願ってやみません。あらためて卒業おめでとう。