ニュース

学校生活 2024.04.05
2024年度入学式が行われました(校長式辞)

IMG_4481.JPG
2023年4月5日、あいにくの曇り空でしたが、折よく桜がきれいに満開を迎えた本日、塾高に新たに700名の生徒が入学しました。
学校長の式辞を以下に紹介します。

式辞

新入生の皆さん、ご入学、おめでとうございます。ご家族はじめ、ご関係の皆様にも、心よりお慶びを申し上げます。
皆さんは今日から「塾高生」です。ここでしっかりと学び、高校生活を存分に楽しんでください。塾高はいま、「日吉協育モデル/正統と異端の協育」と名付けた独自の教育を展開しています。「正統」は、高校生として塾生として、当然に身に付けるべきバランスのとれた知・徳・体を意味します。「異端」は、「正統」を踏まえて磨き高められる傑出した個性や能力です。一本の樹をイメージしてください。「正統」はその幹や根であり、「異端」は花や果実です。しっかりした幹や根があって初めて、美しい花が咲き、果実が豊かに実ります。「協育」の「協」は「協力」の「協」、この学校に関係するさまざまな人たちと協力しながら、皆さんを大きな樹に育てたい。そのための水や養分になるのが、授業であり、課外活動であり、私たちが「協育プログラム」と名付けている多種多様な教育活動です。講演会や講座、国際交流など、たくさんのプログラムを用意しますので、楽しみにしてください。
さて、慶應義塾が目指す教育とはいったい何でしょうか。福澤諭吉は、ここで学ぶ塾生が「全社会の先導者」になることが、慶應義塾の目的であると言っています。「全社会の先導者」と聞くと、大きな組織のリーダーになることをイメージしがちですが、それだけではないと思っています。誰もいない未開の原野をたった一人でも歩く人。それは学問でも芸術でもビジネスの世界であってもいい。とことんこだわり、自分の道を拓いていく。やがてそれに賛同した仲間が集まる。「先導者」とは、そうした勇気や強さ、しなやかさを持つ人です。
私はこのことを考えるとき、写真家でエッセイストの星野道夫さんと重ねます。アラスカを拠点に北極圏で生きる動物や人々を見つめ、魅力的な写真や文章を数多く残しました。皆さんの先輩、塾高の卒業生です。星野さんについては、学校HPの「校長からのメッセージ」でも書きましたので、ぜひそれを読んでください。極北の厳しい自然の中で、ひとりテントを張り、自然と人間の関係を見つめ続けました。その仕事は、優れた文明批評として光を放ち続けています。彼は「異端」の思想家です。しかし、決して孤独な人ではありませんでした。年齢や国籍を超えたたくさんの友人たちが、彼の周りに集まっていました。
星野さんは、1968年4月、千葉県市川市の公立中学から受験で塾高に入学しました。エッセイ集『旅をする木』の中に、「十六歳のとき」という文章があります。彼の原点は、高校2年の夏休みに体験したアメリカ、メキシコ、カナダへの40日間の一人旅でした。そこにこのような一節があります。

ある日、日没直前にたどり着いたグランドキャニオンの壮大さは、ぼくのもっていた自然のスケールをぬりかえた。小さなテントで過ごした初めての大自然の夜は、自分の心の中にひとつの種を落としていった。それはゆっくりとふくらみながら、どこかでアラスカへとバトンタッチされていったように思う。

心の中に落とされた「ひとつの種」、それがゆっくりとふくらんでいく。塾高の教育はこのようでありたいと思っています。

皆さんの手元には『塾高ガイド』があります。そこに私は「浅き川も深く渡れ」という言葉を使ってメッセージを書きました。実は、これはよく知られた格言であるとともに、星野道夫さんが生涯大事にしてきた言葉でもあります。「浅き川も深く渡れ」、一般的には「浅く見える川でも深い川だと思って慎重に渡りなさい。注意深く行動しなさい。」という意味ですが、私は別の意味があると思っています。「浅く見える川でも、その奥には想像もできないような深い世界が広がっているかもしれない。だから『浅い』と決めてかからずに、別の世界を想像しなさい。ものごとを深く考えなさい。」という意味です。私たちの目の前にある「当たり前」だと思っている世界の向こう側には「別の世界」、自分が知らない「もう一つの世界」があります。その世界に知性や想像力を使って深く踏み込んでいく、そうした意味での「浅き川も深く渡れ」。それは塾高での、慶應義塾での学びそのものだと思います。
『旅をする木』には「もうひとつの時間」という文章があります。十代の頃、星野さんは北海道の自然に強く惹かれ、とても気になっていたことがありました。ヒグマのことです。東京で電車に揺られている時、雑踏の中で人込みにもまれている時、ふっと北海道のヒグマが頭をかすめる。自分が東京にいるこの同じ瞬間に、同じ日本でヒグマが日々を生き、呼吸をしている。いま、どこかの山で倒木を乗り越えながら力強く進んでいる。十代の星野さん(つまり、この日吉で学んでいた塾高生の彼)には、そのことがどうにも不思議でなりませんでした。すべてのものに平等に時間が流れている不思議さ、彼はこの文章の最後を次のようにまとめています。

ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。

新入生の皆さん、いま、この同じ瞬間に別の世界では別の出来事が起こっています。すべての人に、平等に同じ時間が流れています。当たり前だと思っている世界の向こう側には「全く別の世界」「もうひとつの世界」が広がっています。そのことを常に意識しながら、「浅き川も深く渡れ」。
これから心の中に落とされる「種」を大事にしてください。ここでたくさんの世界にふれ、その種が芽吹き、やがて大きな樹に育っていくことを願っています。
あらためて、ご入学おめでとうございます。

一覧に戻る