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学校生活 2024.03.25
2023年度卒業式 学校長式辞

卒業生の諸君、ご卒業おめでとうございます。ご家族の皆様、ご関係の皆様にも心よりお喜びを申し上げます。

先日、金沢の大学で教えている知り合いから、能登半島地震が発生した時の様子や非難生活を綴ったゼミの学生さんの文集が送られてきました。ホチキス止めの手作りの文集です。私たちが報道で目にする映像の背後にある、そこで生活する人のありのままの感情や心の動きが記されていました。避難生活の中で、人のために何ができるのかを考え、すぐに行動に移そうとしていた姿が印象的でした。そこにこのような言葉がありました。

「誰かのために行動できる人は本当に素晴らしいと思った。教師になるということは、そういう人になることだと思う。」

教員を目指す学生さんの言葉です。私には、自分自身への反省を含めて胸に響く言葉でした。「誰かにために行動できる人」というのは、教師に限りません。君たちがこれから大学で学ぶ意味や、社会での役割や仕事は、つまるところそこに行き着くと思います。誰かのために行動する、あるいは人と人が助け合う、相互扶助の精神です。

一方で、現実の世界では、それと全く異なる出来事が次々に起きています。たとえば戦争。ある集団が、他の集団を徹底的に攻撃し、この世界から消し去ろうとする。そうした破壊的な行為と、もう一方にある助け合いの精神。人間の歴史はこの両極端の間を揺れ動き、現在も、そしてこれからもそれを繰り返していくのだろうと思います。その中で必要なのは、やはり健全な精神と知性をもったリーダーの存在、福澤諭吉の言う「全社会の先導者」なのだと思います。

さて、野球部が夏の甲子園大会で優勝を果たしました。笑顔でプレーする選手の姿は、多くの人々に鮮烈な印象を残しました。同時にアルプススタンドを埋め尽くした大応援団も大きな話題となりました。卒業生や学校関係者が全国各地から集まり、老いも若きも肩を組んで同じ応援歌を歌う、それは強い愛校心の表れですが、違和感を持たれた方が多くいたのも事実です。

プロ野球やサッカーでも同じですが、球場やスタジアムに足を運び、揃いのシャツに身を包んで試合展開に一喜一憂するのは、私たちの日常の楽しみのひとつです。そこには自分とつながる大勢の人たちとの一体感もあります。オリンピックやワールドカップといった国際的な大会がさかんに行われ、その都度私たちは「JAPAN」を意識します。熱い気持ちで好きな選手やチームを応援するのは自然なことですが、「一体感」というものが過度に演出されるとき、素直に入り込めない自分を感じることがあります。

中国の作家・魯迅の『藤野先生』は、高校の国語の教科書の教材として広く知られています。魯迅は1911年の辛亥革命以後の、近代化される社会の中で露呈する矛盾を厳しく見つめました。若き日、彼は日本に留学し、仙台の医学専門学校(現在の東北大学医学部)で学びました。ちょうど日露戦争の頃で、その時の体験を踏まえて書かれたのが小説『藤野先生』です。

主人公は中国からのたったひとりの留学生として、仙台の医学校で学んでいます。ある日、授業で戦争ニュースのスライドが映し出されました。当然日本がロシアに勝つ場面ばかりで、医学生たちは一枚ごとに万歳を叫び、歓声を上げました。その中にロシア軍のスパイとして捕らえられた中国人が銃殺されるシーンがありました。教室では「万歳!」と万雷の拍手と歓声が上がりました。

教室にいたのは、医学を学び、やがて医者になる学生たちです。彼らは日本の勝利に熱狂し、同じ教室に中国人の友人がいることを忘れます。戦争で湧き上がる祖国愛や集団の興奮に対して、知性の力はこのように脆弱なものです。そこには教師もいました。人の命を救う医学を教える彼もまた、時代の興奮の中に完全に飲み込まれています。彼らは自分たちと異なる他者の存在に目を向けることなく、排他的で暴力的な熱狂に身をまかせました。

時代や集団の熱狂の渦に巻き込まれて、知識人が正しい判断や良識を失っていく事実を、私たちは歴史の中で見ています。民族や宗教、政治的主張やイデオロギーの対立の中で、人間の知性はその力を失うことがあります。しかしながら一方で、やはり知性こそが、希望の光であることを私たちは知っています。

私は決して皆で声をあわせて応援することを否定しているわけではありません。私も声を張り上げて応援する側のひとりだからです。ただ、その集団を構成する純度が高く、帰属意識に酔うことで思考が停止され、自分たちと異なる他者への配慮を忘れるとすれば、そこに怖さを感じます。一体感をあおる言葉は時に力強く、そして美しいものです。私たちが知性的であるためには、そうしたことへの注意深さも必要だと思うのです。

君たちは高等学校を卒業し、これから「大学」というより広い世界に踏み出します。その先には、「社会」というもっと広く奥の深い、さまざまな人たちと出会う世界が広がっています。その中で「独立自尊」の人として、どのように生きていくのか。

 諸君、熱狂と歓声の中で知性を失うのではなく、静かに冷静に自分自身を見つめる人になってください。そして「誰かのために行動できる人」になってください。これが私からの贈る言葉です。

 あらためて、卒業おめでとう。

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