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アーカイブ 2023.04.05
2023年度入学式が行われました(校長式辞)

入学式2023.jpg 2023年4月5日、入学式が行われました。
 会場を記念館から日吉会堂に戻しての開催となりました。

 入学式における校長の式辞は以下のとおりです。

 新入生の皆さん、慶應義塾高等学校へのご入学、おめでとうございます。教職員一同、皆さんを心より歓迎いたします。ご家族、ご関係の皆様にも、今日の日を迎えられましたことを、心よりお慶び申し上げます。
 3年前、皆さんが中学校に入学したちょうどその頃、新型コロナウイルスの感染拡大と重なりました。不安を感じながら新しい生活が始まったことと思います。社会は今もなおコロナ禍にありますが、あの時とは違う伸びやかな気持ちで、この式典に臨んでいるのではないでしょうか。
 慶應義塾高等学校(塾高)はいま、「日吉協育モデル/正統と異端の協育」という独自の教育を展開しています。「協育」の「協」は「協力」の「協」です。卒業生、大学の教員、企業や地域の皆様など、この学校に関係するすべての方々のご協力のもとで、「社会の先導者」(将来のリーダー)を育てたいと考えています。その一環として「協育プログラム」と名付けた多種多様な講演会や講座を用意しています。その中には国際交流もあります。知性と感性のアンテナを張って、積極的に参加してください。

 「正統と異端」――「正統」とは、高校生として、慶應義塾の塾生として、これだけは身につけてほしいという知識や社会的常識のことです。頭の中に一本の大きな木をイメージしてみてください。「正統」は、その太い幹であり、地中深く張った根です。一方の「異端」は、「これだけは譲れない」という自分にとって特別なもの、皆さんが将来咲かせる個性の花であり、果実です。「正統」の太い幹や根があるからこそ、美しい花を咲かせることができます。
 「正統と異端」の人を具体的にイメージする時、私たちはやはり福澤諭吉をそこに重ねます。福澤は江戸時代の学問であった儒学(漢学)を学び、西洋の学問(蘭学)も学びました。青年時代に緒方洪庵の適塾で猛勉強した話は有名です。そこで彼が学んだのは、科学(サイエンス)でした。やがて英語に転じ、万延元年(1860年)に幕府の使節団に随行して、アメリカのサンフランシスコに行きました。咸臨丸という小さな蒸気船で太平洋の荒波を越えていく、冒険のような航海でした。アメリカ人は日本人を大いに歓迎し、驚くに違いないと、大きな工場に案内し、最新の科学技術を見せました。しかし福澤は驚きませんでした。サイエンスを日本で学んでいたからです。福澤が驚いたのは、何と「ゴミ捨て場」です。そこに捨ててある鉄の多さに、近代文明の底力を感じたのです。どんなに進んだ科学技術であっても、その原理を知っていれば驚かない。知的な意味で卑屈にはならない。それが「学ぶ」ということの意味だと思います。そして「ゴミ捨て場」の鉄から文明の本質を見抜く柔らかな感性――。
 福澤はアメリカ人に聞きました。「ワシントンの子孫は、いまどうしているのか」、ワシントンは日本で言えば徳川家康、時代はまだ江戸時代です。その人は「知らない」と答えました。ここで大いに驚きます。アメリカの社会や政治の仕組みがまったくわからない。それを知りたい、その思いが「異端の人」としての福澤諭吉を形成していったのでしょう。

 さて、私は1996年から5年半、アメリカに住み、慶應義塾ニューヨーク学院で国語を教えました。ある年、入試問題を作ることになりました。私は一生懸命に考えて、いわゆる典型的な国語の問題を作りました。それを学校に報告した時、アメリカ人の教員が作った英語の問題を見て驚きました。問題は一問だけ、しかもたった数行。トム・ハンクス主演の映画『フォレストガンプ』の台詞が引用され、それについて自分の考えを書きなさい、というものです。こういう一節です。

 「Life is like a box of chocolates. You never know what you're gonna get.」

 直訳すれば、「人生はチョコレートの箱のようなもの。食べてみないとわからない。」
 その時、国語の教師としての私の固定観念や価値観が、ぐらぐらと揺さぶられる思いがしました。この言葉を選ぶセンス、入試問題はこれでもいいんだ、いや、この方がいいのかもしれない。私にとっての忘れられない異文化体験の思い出です。

 福澤諭吉は今の大分県中津の小さな藩の下級武士の家に生まれました。長崎で、そして大阪で蘭学を学び、江戸に出て塾を開き、英語という未知の言語の箱の蓋を開けました。自ら進んで冒険のような太平洋横断の航海に参加し、アメリカという日本と全く違う社会の仕組みや価値観を持つ国と出会いました。

 「Life is like a box of chocolates. You never know what you're gonna get.」

――チョコレートの箱を開けると、いろいろな種類のチョコがそこに入っています。甘いものもあれば、苦いものもあります。見た目がとてもシンプルなものもあれば、派手なものもあります。そのどれを選んで食べるのか。

 「人生はチョコレートの箱のようなもの。食べてみないとわからない。」

 箱を開けて、実際に手に取って、口に入れてみないと、その本質はわかりません。自分の直感で選ぶもよし、よく考えて慎重に選ぶのもよし。いずれにしても、選ばなければ何も始まりません。

 塾高は、大きなチョコレートボックスのような学校です。魅力的なたくさんのものがここに詰まっています。今日、その箱の蓋を開けました。まず最初に、何を選ぶのでしょうか。皆さんは一人一人素晴らしい可能性を秘めています。ここで学び、いつかそれが大きな木になって、美しい花を咲かせ、果実となる日を楽しみに待ちたいと思います。
 皆さんが充実した塾高生活を過ごせるよう、教職員一同でサポートします。どうか安心して、そしてわくわくしながら、最初の一歩を踏み出してください。

 あらためて、ご入学おめでとうございます。

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