
人はどのようにしてものを考えているのでしょうか。ある学者は、「人はことばでものを考えている」という主旨のことをいいました。すると、ことばがすなわち思考であるということになります。
わたしはかつて数年間、中国大陸で過ごしました。そのとき、ことばの違いだけではない、圧倒的な違いを感じていました。今にしてみると、それはことばによって形作られる思考の違いだったのだろうと思っています。ことばの違いが思考の違いであり、思考するときの論理の違いにもつながるからです。
昨今、外国は日々身近になってきています。ただ「外国の人たちと仲良くしましょう」というだけの時代は過去のものとなりました。今求められているものは、「ことば=思考の違いを、ことばを通してわかり合い、共存する」ことではないでしょうか。こう考えると、母語であれ、外国語であれ、ことばを正確に体得していることがなによりも大切といえます。
わたしは、このようなことを考えながら、母語である日本語を見つめ、中国語に向き合い、中国語の教育に携わっています。
担当教科:中国語 荻野 友範 [2011年9月掲載]