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校長からのメッセージ


「十六歳のとき」から
 ――塾高で学びたいと考えている皆さんへ――

「多くの選択があったはずなのに、どうして自分は今ここにいるのか。なぜAではなく、Bの道を歩いているのか、わかりやすく説明しようとするほど、人はしばし考え込んでしまうのかもしれない。誰の人生にもさまざまな岐路があるように、そのひとつひとつを遡ってゆくしか答えようがないからだろう。」(「十六歳のとき」『旅をする木』文春文庫より)

 写真家でエッセイストの星野道夫さんの文章の一節です。アラスカの大自然に生きる野生動物、シロクマやカリブーなどの写真を見たことのある人は多いでしょう。中学校の国語の教科書で読んだことのある人もいると思います。星野さんは慶應義塾高等学校(塾高)の卒業生です。星野さんにとっての「人生の岐路」は、高校2年の夏休み、アメリカへの2か月の一人旅でした。旅の終わりに特大のハンバーガーとコーラで自分自身に乾杯しながら、身体の中に「心の筋肉」を感じたといいます。星野さんの入学は1968年、塾高にはいまも、その頃と変わらない自由でおおらかな時間が流れています。
 塾高で学びたいと考えている皆さん、目の前にあるたくさんの選択肢の中で、なぜ「塾高」を選ぶのか、ここで何をしたいのか、ぜひじっくりと考えてください。
 慶應義塾が日吉にキャンパスを開いたのは1934年のことでした。最初に建てられたのが「第一校舎」で、ここで旧制の大学予科の授業が始まりました。やがて戦争の荒波にのまれ、海軍や米軍に使われた時期を経て、1949年から新制の高等学校の校舎になりました。塾高を初めて訪れた人には、ギリシア神殿のような列柱をもつ白亜の校舎が印象的だと思います。歴史と伝統を受け継いで、塾高には大学予科以来の教養主義の気風が脈々と息づいています。2018年には最新の設備をもつ「日吉協育棟」が完成しました。キャンパスで最も古い校舎と最も新しい校舎を融合させて、私たちはいま未来につながる教育の地平を切り拓いています。福澤諭吉の建学の理念を中心に据えて、混迷する現代社会をリードする「先導者」を育てる新たな教育のかたち、「日吉協育モデル」(「正統と異端の協育」)の展開です。
 極北の厳しい自然の中でテントを張り、自然と人間の関わりを見つめた星野道夫さんの仕事は、それ自体がすぐれた文明批評となっています。その生き方は、思想家としてきわめて「異端」です。しかしそこから導き出された言葉は、現代社会で生きる私たち人間のあり方を考えるとき、誰もが耳を傾けるべき「正統」の思想と言えるでしょう。「異端」が「正統」となり、「正統」から「異端」が生まれます。星野さんは十六歳の旅を振り返り、「自分が育ち、今生きている世界を相対化して視る目を初めて与えてくれた」と述べています。言い換えればそれが「心の筋肉」なのです。
 キャンパスの中心をまっすぐにのびる銀杏並木は四季折々に美しく、なだらかな坂道をゆっくり歩いたその先に、白い大きな校舎が建っています。歴史と伝統に支えられた多種多様な「協育プログラム」を通して、いったいどのような新しい自分と出会うのでしょうか。この丘の上で、貴君の「十六歳のとき」が始まります。

校長 阿久澤 武史

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