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2016年度卒業式 学校長式辞

2017年3月25日

 みなさん、ご卒業おめでとうございます。
また、保護者をはじめ、ご家族・ご関係者の皆様にも今日の良き日を迎えられましたことを心よりお祝い申し上げます。

 今日は皆さんの卒業をお祝いしようと多くの方々がこの日吉会堂に足を運んでくださっています。すでに小泉体育賞、小泉体育努力賞、塾長賞の表彰状を授与してくださいましたので事後のご紹介となりますが、一貫教育校をご担当の長谷山彰常任理事にご列席いただいております。また、皆さんは卒業と同時に同窓会の一員に加わることになります。卒業式終了後に結成式も行われますが、その同窓会からは、21期ご卒業で株式会社松井ビル社長の松井誠一同窓会副会長、17期ご卒業で味の浜藤株式会社会長、第五代同窓会長を務められた森口一同窓会評議員、40期ご卒業で株式会社アルビオン取締役の小林勇介同窓会理事、12期ご卒業で第三代同窓会長であった村田作彌事務局長もお見えになっています。

 皆さんは本校でのすべての過程を無事に終了し、ここにめでたく卒業に至ったわけですが、本校で過ごした日々、時間を振り返ってみて、何が一番印象に残っているでしょうか。
勉強はもちろんでしょうが、クラブ活動あるいは陸上運動会や球技大会、日吉祭、選択旅行などといったさまざまな行事、友達と過ごした時間などなど、少し思い浮かべるだけでもいろいろなことを体験した記憶が蘇ってくるのではないでしょうか。皆さんにとって、その中のどれ一つを取っても、かけがえのない思い出になっていると思います。私の個人的な経験からしても、高校時代の思い出は忘れることのできない一生の財産です。どうか、それをただの記憶ではなく、一つの貴重な記録として心に刻み、体に染み込ませてください。

さて、今日のおめでたい日にあたり、私からも皆さんに餞の言葉として少しお話させていただきます。
まず皆さんに「掟の前」という話をご紹介します。これはフランツ・カフカという作家が書いた短い作品です。カフカは19世紀末から20世紀初頭のプラハという町を生きたドイツ系ユダヤ人作家です。ひょっとしたら、皆さんの中には「変身」という作品を読んだことがある人がいるかもしれません。ある日、突然虫に変わってしまった主人公をめぐる不思議な話です。ほかにもいろいろな作品を残していますが、いずれにせよカフカは20世紀の世界文学にもっとも大きな影響を残した作家のひとりです。
「掟の前」とはこんな話です。少し私の脚色が混じっています。
一人の男が「掟」を求めて田舎からある門の前までやってきます。それは「掟」へとつながっている門です。ところが、扉はあいているのですが、そこには屈強な門番がいて、門を通り抜けようとする男を撥ねつけるのです。男がいくら頼んでも中に入れてくれません。おべっかを言っても聞く耳を持たず、袖の下を使おうとしても受け取ろうとしません。なぜ通してくれないのかと男が尋ねると、門番はこう答えます。「通してやってもいいが、無駄なことだ、この門の先にはまた門がある、そこには俺よりももっと強い門番がいるのだ、この俺でさえまともに顔を見ることができないほどに強い門番なのだ、お前がそこを通れるはずがない、しかも、その先にはまだまだ数知れない門が設けられており、奥に行くにつれて門番はいよいよ強くなっていくのだから、そもそもお前が「掟」にたどり着けるはずがないのだ・・・」。
しかし、男も頑固です。そう言われても諦めません。何とか門をくぐり抜けようと、あの手この手を使いますが、やはり上手くいきません。こうして何年もの時間が経過して、ついに男の意識が途切れはじめます。薄れゆく意識の中で男は門番に問いかけます。「皆が掟を求めているのに、なぜここには私しかいないのだろう」と。すると門番が答えて言うには、「これはお前だけのために設けられた門なのだ。さあ、そろそろ扉を閉めるとするか」。
話はこれでおしまいです。不思議な話、不可解な話ですね。
この話についてはさまざまな解釈がなされてきましたが、皆さんはどんな感想を持ちましたか?
ここでは大学での勉強と関連付けて、私なりの考えをお話してみましょう。皆さんはこの4月から大学での勉強を始めますが、進学先の学部にはそれぞれに目指すべき、求めるべき「掟」、すなわち学問の課題・目標があります。皆さんもそれを求め、それを手にするために学問の世界へと足を踏み入れていくことになります。しかし、これはそう簡単なことではありません。まず学問をするための基礎、学問を理解するための教養を学び、身につけなければなりません。これが第一の門です。そして、おそらくそこには容易く門を通らせてくれない門番がいるはずです。それは厳しい先生かもしれないし、難しい試験かもしれない。うまく第一の門をくぐりぬけても、すぐに第二の門が現れます。そこにはもっと手強い門番がいるはずです。第三の門、第四の門とこれが延々と続いていくのです。どこまで行けばゴールが見えるのか-際限のない世界ですね。しかも、門の前の男がそうであったように、小手先の手段では門は通過できません。ちょっと厳しい世界でもあります。
とはいえ、大学での勉強あるいはそもそも学問の世界とはまさにこのような際限のない世界、厳しい世界なのです。途中で立ち止まったり、投げ出したりすることはできません。そのように考えるとき、この「掟の門」の主人公は何をしたでしょうか?そうですね、小手先の策を弄するだけで、実質的には何ひとつ本質的なことはしませんでした。たとえ途中で立ち止まるにしても、それまでは歩いていなければなりませんし、投げ出すにしても、一度は手に取っていなくてはならなのですから。しかも、この話に登場する「門」は男だけのために用意された門でした。そこに男はわざわざやって来たのです。これを言い換えるならば、この「門」は男が自ら選び取った門であり、この「門」を通って「掟」に辿り着くことは男が自分自身に課した課題だということです。しかし、男は何もしなかった。だから、門は閉められたのです。いや、本当は閉められてのではありません。男自身が門を閉めてしまったのです。
どんな「掟」を求めるにせよ、大学では皆さんの前にも「門」が立ちはだかっています。しかし、それは皆さんが自分で選び取った「門」のはずです。だからこそ、それと真剣に向かい合わなければなりませんし、そこに屈強な門番がいても、そこを通り抜けることができるのは皆さん自身でしかありません。間違っても、扉を閉められるようなことがあってはならない、自ら扉を閉ざしてしまってはならないのです。もう一度繰り返します。それが大学での勉強であり、学問の世界というものです。
いや、さらに言えば、これは大学や学問の世界だけの話に限りません。いずれ社会に出て仕事をする場合でも、この「門」や門番は皆さんに付きまとってくるでしょう。そこで怯んではなりません。ぜひとも自分の責任をしっかりと全うする気概、塾高卒業生としてのプライドを持って立ち向かってください。

皆さんの大いなる成長と限りない可能性に期待して、私の式辞とさせていただきます。
本日はご卒業まことにおめでとうございます。

2017年3月25日 校長 羽田功


慶應義塾高等学校