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2015年度卒業式 学校長式辞

2016年3月25日

 みなさん、ご卒業おめでとうございます。
 また、保護者をはじめ、ご家族・ご関係者の皆様にも今日の良き日を迎えられましたことを心よりお祝い申し上げます。

 今日は皆さんの卒業をお祝いしようと多くの方々がこの日吉会堂に足を運んでくださっています。すでに小泉体育賞、小泉体育努力賞、塾長賞の表彰状を授与してくださいましたので事後のご紹介となりますが、一貫教育校をご担当の長谷山彰常任理事にご列席いただいております。また、皆さんは卒業と同時に同窓会の一員に加わることになります。卒業式終了後に結成式も行われますが、その同窓会からは、22期ご卒業でセイコーホールディングス会長の服部真二同窓会長、21期ご卒業で株式会社松井ビル社長の松井誠一副会長、12期ご卒業で第三代同窓会長であった村田作彌事務局長、25期ご卒業で本校の教員でもある石川俊一郎理事もお見えになっています。

 皆さんは本校でのすべての過程を無事に終了し、ここにめでたく卒業に至ったわけですが、本校で過ごした日々、時間を振り返ってみて、何が一番印象に残っているでしょうか。
 勉強はもちろんでしょうが、クラブ活動あるいは陸上運動会や球技大会、日吉祭、選択旅行などといったさまざまな行事、友達と過ごした時間などなど、少し思い浮かべるだけでもいろいろなことを体験した記憶が蘇ってくるのではないでしょうか。皆さんにとって、その中のどれ一つを取っても、かけがえのない思い出になっていると思います。私の個人的な経験からしても、高校時代の思い出は忘れることのできない一生の財産です。どうか、それをただの記憶ではなく、一つの貴重な記録として心に刻み、体に染み込ませてください。

 さて、今日のおめでたい日にあたり、私からも皆さんに餞の言葉を贈りたいと思います。
「富士山、見えたか?」
 これがその言葉です。
 そう、あの富士山です。皆さんは富士山を見たことがありますか?見たことのある人、手を挙げてください。そうですよね、見たことのない人はいないと思います。では、なぜこのような言葉を餞として皆さんに贈るのか・・・。
 あるアメリカの若者の話をします。もう40年以上も前の話です。この若者は日本が大好きで、日本のことを勉強しようと日本にやってきました。そして、ある大学で勉強をはじめました。日本の歴史、文化、思想・芸術、社会システムや政治制度、経済体制、日本人の感性、価値観やものの見方―かたっぱしから猛勉強しました。「日本のことがわかってきたぞ」とこの若者はどんどんと自信を深めていきます。そんなある日、この若者は一人の日本人の作家に出会い、こう言い放ちました。「先生、私は日本が大好きで、一生懸命勉強してきましたので、ようやく日本のことがよく理解できるようになりました」。
 するとこの作家は若者に一言こう尋ねたのです。「富士山、見えたか?」
 思いがけない問いかけに不意を打たれて、若者は言葉を返すことができませんでした。答えることができなかったのです。
 さて、その後、この若者はどうしたでしょう?
 この問いかけから十年ほどたって、もはや若者とはいいがたい年齢になったこの若者はようやく作家の問いかけに答えを出しました。その答えとは、「富士山、見えた」でした。
「富士山、見えたか?」という、この問いかけについてはいろいろな解釈が可能だろうと思いますが、ここでは学問のことを考えてみましょう。また、若者が勉強した「日本」を「富士山」と読み替えてみましょう。アメリカからやってきた若者は一生懸命に「富士山」の勉強をしました。そして、「富士山」のことがすっかりわかったつもりになっていましたね。しかし、作家に「富士山、見えたか?」と問われ、真剣に自分を振り返ったとき、すぐに「見えた」と答えることができなかった。答えをみつけるのに十年もかかってしまったのです。
 誤解を恐れずに言えば、これが学問であり、学問の世界なのだと思います。といって、十年という時間のことではありません。若者と作家とのやり取りのことです。
 学問の世界は「富士山」を解明し、理解することを目指しています。また、「富士山」を余すところなく解明し、理解し尽くすことができれば、それはたいへんに素晴らしいこと、最高の成果だと思います。しかし、もしこの若者が作家に問いかけられたときに「もちろん見えました。私の見た富士山こそが真の富士山です、これ以外に富士山はありません」と言い張ったとしたら、どうなるでしょうか?私たちはその答えに納得できるでしょうか?
 もちろん、それが、誰もが認める究極の答えならば、それでも良いかもしれません。しかし、残念ながら、それはありえないことです。それに「富士山、見えた」と言ってしまえば、その時点で「富士山」を求める勉強は終わってしまいます。とすれば、残るのは思考停止です。
 さあ、それでは私たちは学問とどうつき合えばよいのでしょうか?
 答えはかんたんです。それでもなお「富士山、見えた」と言うことです。その勇気と気概を持つことです。それは福澤先生以来の慶應義塾の伝統でもあるはずです。あの若者もそうでした。「日本がわかった」、つまり、「富士山、見えた」と言ったからこそ、「本当に富士山が見えたのか?」という作家の問いを引き出すことができ、それが十年後の、次の「富士山、見えた」へとつながったのです。
 しかし、そのとき決して忘れてはならないのは、「富士山、見えた」という言葉の背中には「富士山、見えたか?」という問いがぴったりと張り付いているのだということです。
 皆さんはまもなく本格的な学問の世界に足を踏み入れることになります。それは「富士山、見えたか?」という問いと「富士山、見えた」という答えのやり取りが延々と続く世界です。この問いは、これから先、学生となった皆さんを追いかけ続けるでしょう。いや、これは学問の世界だけに限りません。社会で仕事をする場合にも、この問いは皆さんにつきまとうはずです。万が一、言い切って、なおどこからもこの問いが聞こえて来なければ、そのときは自分で自分に問いかけてください。本当に悩ましい問いかけですが、しかし、どんな場合でも真剣に向き合わなければならない問いかけだからです。

「富士山、見えたか?」-この言葉をしっかりと頭に刻み込んで、4月からの学生生活をスタートさせてください。皆さんの大いなる成長と限りない可能性に期待しています。

 本日はご卒業まことにおめでとうございます。

 2016年3月25日 校長 羽田功


慶應義塾高等学校