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卒業生からのメッセージ

自由と責任

卒業して24年の今、私は今日までの人生において大切なものを教えてくれた母校、慶應義塾高等学校(塾高)のグランドに蹴球部の監督として立たせて頂いています。

「夢(目標)を持つこと。その夢を追い続けることの素晴らしさ。」
「夢に向かって努力をすることの大切さ。努力し続けることの厳しさ。」
「先輩を敬い、後輩を労わり、友人を大切にする、人としての繋がり。」
そして、「礼節の大切さ。」

本当に多くの「大切なもの」を学ばせて頂きました。
その母校のグランドに立たせて頂き改めて自分の「原点」に向き合う機会。回帰するチャンスを頂戴しております。 この上ない充実感と充足感を感じる毎日であり、感謝の気持ちで一杯であります。
私たちの住む日本国の法律では9年間の教育を受けることを義務としています。小学校(6年)における初等教育、中学校(3年)における中等教育であります。高等学校の3年間はその「義務教育」を終え、自らの意志で選択し「自由」に受けることのできる「自由教育」であります。ですから高校時代の基本にあるものは「自由」であると私の経験からも強く思っております。
そして、年の頃は16歳から18歳。昔で言えば子供から大人にかわる「元服」を迎える年頃です。「生活」の基本は親の保護があってでありますが、「生き方」の基本はひとりの「おとな」として自ら考え、決断し、選び、そして挑戦することが求められるのが高校時代であると思います。

その「自由」に考える時間、「自由」に決断、選択、そして、挑戦する環境が「塾高」にはありました。福澤諭吉先生の教え、「独立自尊」のもと「塾高」には自らで立ち、自らを尊ぶための自由な校風と環境がありました。
私は体が小さかった(今でも小さいですが・・・)のですが小学校からラグビーを始めました。始めた当時はほぼ強制的に親にラグビースクールに入れられ、嫌々ラグビーをやっていたことを思い出します。そして、小学校、中学校とラグビーを続け「塾高」に入学してから、その校風も相まってかいつの日か明確に自分自身に目標、夢を抱くようになりました。
「花園に出場し日本一になりたい」。そして、ラグビーをやる限りは「日本一の選手になりたい」と思うようになったのです。
夢は努力の源、生きる力です。
それ以降、学校の登校前に自宅の近くを走ったり、昼休みにグランドの鉄棒で懸垂をしたり、練習が終わって帰宅後に近くの公園でボールを蹴ったり、ステップの練習をしたりと、今思うと、「よくあんなことを出来たな」と思うことばかりであります。

しかし、当時は正に「夢中」でありました。きつくなって来た時、心が折れそうになった時に心の中で「他でもない自分が決めた夢だから」といつも思い自らを奮い立たせたことを覚えています。
そして、夢を決める「自由」。そして、その先にあるもう1つの大切なこと・・・それを決めた限り成し遂げるという「責任」というものを自然に学ばせて頂いたと思います。「自由」と「責任」、この大切なことを高校時代の自由教育課程において、正に体で学ぶ「体学」することができました。
夢を追った高校3年最後にシーズン。花園をかけた県大会の決勝戦で残念ながら敗れてしまいました。そして、自分自身も高校日本代表の候補には選ばれたものの最後にメンバーには選ばれることができませんでした。
悔しくて、悔しくて、仕方がありませんでした。そして、その悔しさが、大学、社会人となってもラグビーを続ける原動力になったことは言うまでもありません。  そして、再び塾高のグランドに立つ機会を頂きました。「自由」に抱いた夢。その夢を成し遂げるという「責任」を果たせずにいたグランドに今一度立つチャンスを頂きました。 選手から監督と立場はかわりました。しかし、選手と共に抱く夢は全く変わりません。「花園出場。その先の全国制覇。」そして、「高校日本代表の選手を育てる。」24年の歳月が過ぎましたが、自分の中にある「自由と責任」。「夢への責任」を全うしたいと強く思っております。

塾高生の皆さん、そしてこれから塾高を目指される皆さん、
塾高にはこれから皆さんが歩まれる素晴らしい人生の原動力となる夢、
その夢を抱く「時間」と「環境」があります。
大いに夢を自由に抱き、その夢を成し遂げて下さい。

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慶應義塾高等学校