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卒業生からのメッセージ

塾高だからこそ学べるイントレプレナーシップ

イントレプレナーとは、新しい企画・運用案を実践することにより組織を改革する先導者を指す英語の造語である。外で新事業を展開するのがアントレプレナーであれば、所属する組織のなかで新時代を切り開くのがイントレプレナー。私も塾高においてイントレプレナーシップを大いに学んだ。

塾高一年生のとき、父がシリコンバレーの米国企業に転勤になった。「9月から1年間休学する」と当時の校長に申し出ると「そんな前例はない。9月に行っても3月に帰って来なさい。そして1学年留年です。1年間行ってしまった場合は2学年留年です。」と返答がくる。そこで「4月開始という非世界標準のせいで世界標準の9月からの1年間留学もできないのか?そもそも前例がないことを実践し、広い世界に飛び出るのが福澤精神ではないか?!」と食って掛かったところ数週間の検討を経てそれが認められた。9月から1年間留学をしても1学年の留年だけですみ、帰国後の半年の成績で次の学年への進級が判断されるのである(つまりこれで不合格となると2学年留年となる)。これには私も飛び上がって喜び校長に感謝をした。この制度は今も続いている。

帰国後の私には英語の授業がきわめて簡単になっていた。担当の英語の先生にその旨相談すると、先生が「では、伊藤君は土曜日に横浜の朝日カルチャーセンター英作文講座に行きなさい。素晴らしいネイティブの先生がいます。」と言う。「授業料をすでに支払っているのに、なぜ別に払ってまで違う学校へ行くんだ?」なんて決して思わなかった。素直にありがとうございますといって素晴らしいネイティブの先生に徹底的に鍛えられた。
ところが、これにはまだ後日談がある。しばらくすると、この素晴らしいネイティブの先生が塾高に現れたのである。その先生が、上級者向け英語クラスの担当になったのである。いやはや、恐るべし、慶應義塾高校・・。
高校3年生の時、「授業を休まないとアメリカにおけるYMCAのボランティア活動に参加できない。7月末にならないと始まらない、世界標準からずれた日本の夏休みが大問題!」と校長に掛け合ったことがあった。校長は、私の提出した企画書や現地からの招聘状を吟味した結果、最終的には授業を正式に休める「公欠」を認めてくれた。

卒業から25年経った今でも私と塾高の関係は変わりない。2004年に日本物理学会理事として世界物理オリンピック(高校生対象)への日本初参画に関わった時に「当然、塾高でも物理好きを鍛えますよね?」と塾高の物理の先生に連絡したところ、最初は「塾高は運動部系が多く十分な物理好きが掘り出せるかどうか・・」という消極的な答え。そこで「物理の先生が1学年700名の生徒の中から物理好きを掘り出せなかったら終わりでしょう!」と悪い癖で突っかかると「わかった、わかった、やってやるよ」との返答。それからが凄い。授業時間以外に大学の物理学教授まで巻き込んで高大一貫で物理好きを鍛えだしたのだ。そして常に好成績を修め、2009年には世界物理オリンピック金メダリスト(つまり高校物理世界一)を塾高から輩出した。この学生はラクロス部員としても熱心に活動していたというのだから塾高は恐ろしい。

私の理想の塾高はクラスの1/4が常に公欠で、校外での活動に取り組み、結果として学生同士がお互いを刺激して鍛え合うことである。塾高のことだから、YouTube塾高チャネルを設立し、やむなく欠席した授業はすべて後にビデオ受講できる、すなわち文部科学省の求める最低授業時間数も確保してくれることであろう。「お前、先週は何で公欠したの?」「ちっとある候補者の選挙を手伝っていたんだ」「中国に植林に行ってたんだ」「中学で歴史の授業をしてきたんだ」「サッカーの国際審判員の資格をとってたんだ」などなど、他人とは違う自分を大いに磨いてほしい。大人への完全脱皮をとげる高校時代だからこそ、先生から学ぶだけの他力本願に別れをつげ、自ら動きまわってみよう。他人(ひと)とは違う自分を築けるのは今だけなのだ。それだけの余裕を塾高は与えてくれる。

福澤先生は文明開化における日本国のイントレプレナーであった。自らの素養の基礎を攻めに攻めて学ぶこと、それが正しい塾高生活である。

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慶應義塾高等学校